「財布を盗んだでしょ」「通帳がなくなった、あなたが取ったんじゃないの」——身に覚えがないのに親から疑われる。
介護する家族が最も傷つく場面のひとつです。怒りたくなるのも、悲しくなるのも当然です。
この記事では、なぜそう言うのか・なぜ否定が逆効果なのか・現場で実際に効果があった対応方法を、元福祉用具専門相談員の経験をもとにお伝えします。
なぜ「お金を盗まれた」と言うのか
「もの盗られ妄想」は認知症の代表的な症状のひとつです。ただし、本人は嘘をついているわけでも、家族を困らせたいわけでもありません。
- 本当にそう思っている:財布をしまった記憶がないため、「誰かが盗った」という結論に本人の中でなっています。記憶障害がある状態では、「自分がしまい忘れた」という可能性を考えることができません
- 記憶障害が背景にある:直前の行動の記憶が失われるため、財布を引き出しに入れたことも、タンスの奥に隠したことも、翌朝には「なかったこと」になっています。探した記憶も残らないため、何度でも「盗まれた」と言い続けます
- 不安と混乱が引き金になる:「お金が管理できているか不安」「自分が信頼されているか不安」という感情が、妄想の引き金になることがあります。不安が強い時期に症状が出やすいのはそのためです
- 最も身近な人が疑われやすい:一番信頼していて、一番近くにいる人——つまり介護している家族——が疑われます。これはある意味、「この人なら話せる」という無意識の信頼の裏返しでもあります
まず知っておきたいこと
対応を考える前に、大前提として知っておいてほしいことがあります。
- 嘘をついているわけではない:本人の中では「本当に盗まれた」という確信があります。故意に家族を責めているのではなく、見えている現実がそうなっています
- 本人の中では事実:「財布がない」という事実と「誰かが取った」という結論は、本人の認識の中では完全につながっています。この認識を外から正すことは、ほぼできません
- 強く否定しても解決しない:「盗っていない!」と怒って反論しても、本人の記憶は変わりません。感情が高ぶるだけで、妄想は消えず、関係性だけが悪化します
現場でも「否定し続けた結果、本人が頑なになってしまい、関係が修復しにくくなった」というケースを何度も見てきました。接し方の全体像は認知症の方への接し方・対応のコツでも確認できます。
やってしまいがちなNG対応
悪意なく、つい出てしまう言葉や反応があります。これらがなぜ逆効果になるかを知っておくと、咄嗟の場面で少し踏みとどまれます。
「そんなことしてない!」
怒りや悲しみで出てしまう言葉ですが、本人の確信は揺らぎません。強い否定は「この人は認めない」という印象を強め、より疑いを深める結果になることがあります。感情的な反論は、状況を悪化させるだけです。
「また忘れたの?」
記憶がないことを責める言葉です。本人に「忘れた」という自覚はないため、この言葉は理解されず、ただ責められたという感情だけが残ります。自尊心が傷つき、怒りや混乱が増します。
「前も同じこと言ったよ」
本人には前回の記憶がありません。「また言っている」という文脈は伝わらず、「信じてもらえない」という不満だけが積み重なります。繰り返しを指摘しても解決には近づきません。
怒って言い返す
感情が高ぶった状態での言い返しは、本人の感情をさらに高ぶらせます。認知症では感情の記憶が残りやすいため、「あの人は怖い」「信用できない」という印象がその後も続くことがあります。その場の怒りが、長期的な関係性のダメージになります。
現場でよく伝えていた対応方法
「正解の対応」はありませんが、現場で効果が出やすかったパターンを整理します。
まずは気持ちを受け止める
「それは大変でしたね」「心配でしたよね」という共感の一言が最初のステップです。否定も肯定もせず、「あなたの気持ちは聞こえています」という姿勢を見せるだけで、本人の感情が落ち着くことがよくあります。
一緒に探す
「一緒に探しましょう」と動くことが最も効果的な対応です。引き出し・タンスの奥・よく使うバッグの中など、本人がよく隠す場所をあらかじめ把握しておくと、「一緒に見つける」演技がしやすくなります。見つかった時の安心感が、妄想を一時的に和らげます。
責任者探しをしない
「誰が盗ったか」という追及には乗らないことが大切です。「○○さんが怪しい」という話になっても、「そうかもしれませんね、でも一緒に探してみましょう」と流します。犯人探しに乗ることで妄想が強化されるのを防ぎます。
話題を切り替える
「そうですね、お茶でも飲みながら考えましょうか」「今日のご飯の話、聞かせてもらえますか」など、別の話題・別の行動へ自然に誘うことで、妄想から意識が離れやすくなります。否定せずに流す、が基本です。
こんな時は相談を考えたい
もの盗られ妄想だけなら家族の対応で安定することも多いですが、以下の状態が加わってきたら専門家への相談を検討してください。
疑いが強くなってきた
毎日何度も繰り返す、特定の人を強く名指しするなど、妄想の内容や頻度が増してきた場合、医師への相談が必要です。薬物療法でBPSD(認知症の行動・心理症状)が改善するケースもあります。
家族関係が悪化している
疑われている家族が精神的に限界に近い、同居家族の間でも対応をめぐってすれ違いが出てきた、という状態はケアマネジャーへ相談するタイミングです。ケアマネジャーとうまく付き合う5つのコツを参考に、相談の糸口を作ってください。
暴言や暴力が出始めた
「泥棒!」と怒鳴る・叩くなどの行動が出てきた場合は、安全確保の観点からも早急に医療・介護の専門家に相談が必要です。介護保険サービスの利用を含めた対応策を検討してください。介護保険で使えるサービスの種類一覧で選択肢を確認しておきましょう。
家族だけでは対応できない
「一人では無理」と感じたら、それは早めに動くサインです。入院・退院があった場合は退院準備チェックリストで自宅環境の整備も確認できます。また同じ認知症の症状として繰り返しの会話が気になる方は同じ話を何度もする親への対応も参考にしてください。
実際によくあったケース
現場での相談を通じて経験した、もの盗られ妄想への対応事例を3つ紹介します。
財布が冷蔵庫から見つかったケース
「財布を盗まれた」と毎日訴えていた方で、一緒に探したところ冷蔵庫の野菜室から出てきました。本人は「誰かが隠した」と言いましたが、その場では「見つかってよかった」で落ち着きました。その後も繰り返しましたが、「一緒に探す」を続けることで関係が保てていたケースです。
通帳を自分で隠していたケース
通帳が繰り返しなくなるという相談で、家族が部屋を確認したところ、布団の中や本の間など複数の「隠し場所」に複数の通帳が見つかりました。「盗られないように自分で隠す」という行動が繰り返されていました。複数の通帳を用意して「いつでも一緒に確認できる」環境を作ることで落ち着いたケースです。
ケアマネ介入で改善したケース
疑いが特定の家族に強く向いていた方で、その家族が心理的に限界になっていました。ケアマネジャーに相談してデイサービスの利用を開始したところ、外出・交流の機会が増えて妄想の頻度が減ったケースです。「一対一で向き合い続ける状況を変える」ことが有効な場合があります。
家族が自分を責める必要はない
親から「泥棒」と言われ、傷つかない人はいません。怒鳴り返してしまっても、泣いてしまっても、それはあなたが人間であることの証明です。
- 傷つくのは当然:信頼していた親から疑われる痛みは、介護の中でも特につらいものです。「介護者だから我慢しなければ」という義務はありません
- イライラするのも普通:身に覚えのないことを繰り返し言われれば、誰でも消耗します。感情を持つことは弱さではなく、それだけ真剣に向き合っているサインです
- 一人で抱え込まない:「もう無理」と感じたときが、助けを求めるタイミングです。ケアマネジャーへの相談、デイサービスの活用、家族間での役割分担——「一人で対応し続けること」が正解ではありません
現場の一言
現場の一言
現場では「親から泥棒扱いされた」と涙を流すご家族も少なくありませんでした。
とてもつらいことですが、多くの場合は認知症による記憶障害や不安が背景にあります。
正しさを証明することよりも、まず本人の不安を和らげることを意識すると関係が悪化しにくくなります。
まとめ
- 「お金を盗まれた」は認知症による記憶障害・不安が背景にある。嘘でも悪意でもない
- 強く否定しても本人の確信は変わらず、関係だけが悪化する
- 対応の基本は「気持ちを受け止める→一緒に探す→話題を変える」
- 疑いが強くなる・暴言が出る・家族が限界ならケアマネジャーへ相談を
- 傷ついても、怒ってしまっても、自分を責める必要はない
「なぜ私が疑われるの」という悲しさは、介護している人なら誰でも感じます。その気持ちを抱えながらも向き合い続けているあなたは、十分頑張っています。
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